今回取り上げるのはこちらのニュース。
札幌市円山動物園(札幌市中央区宮ケ丘3)の入園者数が好調に推移している。昨年度は39年ぶりに100万人を突破し、本年度も4~7月までの入園者数が前年同期を2割上回った。3月にオープンしたゾウ舎が人気を集めている。近年、野生に近い状態で動物を展示していることも効果を上げているとみられる。
我が札幌市自慢の円山動物園。とはいえなかった状態が数年前までは続いていました。
そんな状態が今、大きく変わりつつあります。
その中のひとつの取り組みが、動物の「行動展示」です。
全国の動物園が取り組んでいる「行動展示」とはなんなのか、このニュースをもとに紐解いて行こうと思います。
円山動物園はなぜ変わったのか
管理の甘さから希少動物であるマレーグマが死亡し、雪崩のように苦情が降り注いだのも記憶に新しいですし、施設が綺麗とも言えず、動物が見やすいわけでもなく、古き悪き動物園を体現したような状況が続いていました。
運営的にも厳しく、極寒の地にありながらなんとか動物達に資金を回すため、事務所の暖房を切ったり照明を落とすなど涙ぐましい努力が行われていたのはあまり知られていないでしょう。
そんな円山動物園がなぜここまでの回復を見せているのでしょうか。
円山動物園が進める「動物ファースト」
円山動物園を変えようという動きがあったのは10年ほど前でしょうか。
報道されるほど経営が逼迫していて、上記したように職員の健康を後回しにするような状況が続いていました。
筆者は動物園関係者ではないのですが、当時私の授業を担当していた教授が円山動物園になにかしら関わっていたそうで、生物の授業の一環として生徒に「円山動物園の改革案」を課題にしたことがあったのです。
今思えば、小さいながらも円山動物園を改革をしようという動きがあったのでしょう。
残念ながらその後カワウソやホッキョクグマ、シマウマやマレーグマなどいたましい事故もあったのですが、それも大きなきっかけになり現在大きな改革を進めています。
そのテーマのひとつが「動物ファースト」です。
飼育施設、職員の環境も含めた改革
今回話題になっているゾウ舎や、大きな話題になったホッキョクグマ館など、飼育施設の新設が進められています。
施設を増やすだけでなく、今年8月には、動物の飼育環境を優先するため、展示する種類を減らす大きな決断もしました。
職員を犠牲にしてなんとかやりくりするような方法ではなく、職員の増員や労働環境の改善も含めた改革を進めています。
どんな仕事でもそうですが、優秀でもクタクタで具合が悪い状態ではいい仕事もできないですよね。
結果的に集客力も上がり経営的にも安定し、一応の成功を見せています。
進む「行動展示」
新設の獣舎のコンセプトは生態に合った飼育環境を整えることです。
動物が健康的に過ごせるのはもちろん、動物が活動的になる設備をモットーにしています。
動物の本能を刺激する展示方法を「行動展示」といいます。
今後も円山動物園は行動展示を優先し、環境の改善を行うことを指針にしています。
行動展示とは?

では、今回円山動物園も進めている行動展示とはどのようなものなのでしょうか。
近年は行動展示を中心に考えられていますが、日本の従来の展示方法とは、実は相反するものでもあるのです。
動物の展示方法あれこれ
動物園学では、動物の展示方法がいくつか紹介されます。
分類学的展示
従来の日本の動物園が取り入れていた展示方法で、たとえばサルはサル同士でまとめて展示するような方法です。
サルでひとくくりにしてもいろいろな種類がいることがわかるので、見る側としてはわかり易い方法ですね。
円山動物園で言えば「猛禽館」などがこれに当たります。
地理学的展示
アフリカの生き物でまとめたり、アジアの動物でまとめる方法です。
そのエリアにどんな動物が住んでいるかイメージしやすい展示方法ですね。
円山動物園ではアフリカゾーンやアジアゾーンなどがこれに当たります。
生態的展示
その動物がどういった環境で生活しているのかを再現する展示方法です。
たとえばホッキョククマは氷で覆われた北極をイメージした環境を再現するようなイメージです。
アメリカやヨーロッパではこの展示方法を主に取り入れています。
ほかにも形態展示、パノラマ展示、混合展示などいろいろな展示方法があります。
では行動展示は?
行動展示は、獣舎の中の環境を動物に合わせる展示方法で、分類学的展示や地理学的展示と両立することもできます。
必ずしも自然の生息環境を再現するわけではないので、生態的展示とは相反することもあります。
これまで紹介した展示方法は、動物が動かなくても成り立つもので、それはいわば剥製でもそう大差ないということになります。
それに対し、「動物が動く姿」を重視したのが行動展示です。
動物がやりたいことをやらせてあげる
行動展示を簡単に言えば動物が本来やりたいことをさせてあげる、動物の持った能力を発揮できる環境を作ってあげることを目的にしています。
もちろんサーカスのように無理に動かすのではなく、餌を食べる姿や泳ぐ姿、遊ぶ姿など、やりたいことを存分にさせてあげることがコンセプトです。
動物の健康にも繋がる
もちろん活発で生き生きした姿は見ていて楽しいですし、動物達のストレス軽減にも繋がります。
飼育下の動物は栄養状態もよく天敵もいないので長生きですが、その分ストレスが多く、精神的な問題を抱えやすいです。
行動展示であればストレスを発散することもできるので、精神的な健康にも繋がります。
体を動かすので、筋力低下などを抑えられることもあります。
一筋縄ではいかない行動展示
そんなにメリットがあるならどこでも行動展示をすればいいといいたいところですが、そうも行きません。
動物を自由にさせてあげるなら、一見簡単そうに見えますが、活発に活動してもらうために動物が心身ともに健康でなければいけないことや、動物が存分に動いても観覧者が安全な設計が必要なので、とても難しい展示方法です。
動物が檻に入れられて動かないことに慣れてしまっていることもあるので、場合によっては、動物に「こういう遊び方があるよ」と教えてあげるトレーニングが必要なこともあります。
さらには、十分動ける広い施設を用意し、設備も整えることを考えれば、檻を立てるよりはるかに予算も必要です。
動物の行動をよく理解したうえで設計しなければ事故に繋がることもあるので、行動展示を実現するには一から十まで本当に大変な努力が必要になりますね。
忘れてはいけないのが、行動展示を成功させ、広く知らしめたのは旭山動物園であるということです。
円山動物園の行動展示の例
では円山動物園がどういった行動展示をしているか紹介していきます。
まだまだ改革途中なので旭山動物園には遠く及ばないのですが、この調子で経営的にも安定していけば今後も素晴らしい施設が充実し、動物園本来の種の保存や研究分野への貢献も期待できます。
ホッキョクグマ館

2018年に新設されたホッキョクグマ館も、行動展示を重視して設計されています。
ホッキョクグマ館では、もちろん実際に食べてしまわないよう十分配慮した上でホッキョクグマからアザラシが見えるようになっていて、ホッキョクグマの本能を刺激しストレスを軽減し活発に活動するような設計になっています。
飛び込んでも安全な深さで、十分泳げる広いプールもあります。
もしかすると、プール内の水中トンネルを歩く人間も、ホッキョクグマの本能を刺激する役割があるのかもしれませんね。
ゾウ舎

今年新設されたゾウ舎は、床に砂を敷いています。
これはゾウは本来砂地を歩く動物なので足を保護する意味と、砂遊びができるようあえて砂を敷いています。
群れで水遊びや水浴びができる広く深いプールもあり、健康維持にも繋がっています。
両設備は、冬場保温された屋内でも楽しめるよう屋内放飼場にも完備されています。
ゾウは頭のいい動物で学習することを好むため、訓練するためのトレーニングゾーンもあります。
最後に
今回は円山動物園の成功の要因でもある「行動展示」について解説しました。
動物のやりたいことができるよう施設を整備するまさに「動物ファースト」な取り組みですね。
そこに行き着くには相当な努力があったかと思いますが、旭山動物園の成功の後押しもあって実現できたのではと思っています。
私が何よりうれしいのが、動物本来の動いている姿、生き生きする姿を楽しんでくれる人が増えたことです。
動物を見るだけなら従来の展示方法で、近くで動物を見たり、動物が映える環境も有効ですが、動物の動く姿を楽しんで、その動物への理解を深めるきっかけにもなってくれればと願っています。
世界からすると日本は動物に対しての考え方が遅れているという認識ですが、行動展示で世界にイノベーションを起こしてくれるのではと期待しています。
北海道へお立ち寄りの際は、ぜひ円山動物園へ足を運んで楽しむことでご支援いただければ幸いです。